運送業のドライバーが交通事故を起こしたら|労災保険の給付・被害者に対する損害賠償を弁護士が解説
トラック・タクシー・バスなど運送業のドライバーは、常に交通事故のリスクと隣り合わせです。
万が一業務中に交通事故に遭った場合には、労災保険による補償を受けられます。労災保険給付の種類や内容を正しく理解して、漏れのないように請求を行いましょう。
また、交通事故の相手方や乗客にけがをさせた場合は、被害者に対する損害賠償が問題になります。
ドライバーと会社の間で分担を決めることになりますが、ドライバー側が不当に重い責任を負わされるケースもあるのでご注意ください。
今回は、運送業のドライバーが交通事故を起こした場合につき、受給可能な労災保険給付の種類や請求方法、被害者に対する損害賠償に関するポイントをまとめました。
◎運送業のドライバーが交通事故でケガをした場合、労災の対象になる
会社に雇用されている運送業のドライバーが、運転中に交通事故に遭ってケガをした場合、労災保険給付を受給できます。
労災保険給付の対象は、業務上または通勤中に発生した疾病・ケガ・障害・死亡です。業務上の疾病・ケガなどを「業務災害」、通勤中の疾病・ケガなどを「通勤災害」と言います。
運送業のドライバーにとっては、車両の運転は業務の一環です。そのため、運転中の交通事故によるケガは、業務災害として労災保険給付の対象となります。
●受給可能な労災保険給付の種類
交通事故に遭った運送業のドライバーは、以下の労災保険給付を請求できます。
①療養(補償)給付
労災病院や労災保険指定医療機関において、ケガの治療を無償で受けられます。
それ以外の医療機関では、治療費や入院費などを自分で支出する必要がありますが、後から実費相当額の補償を受けられます。
②休業(補償)給付
ケガの治療のために仕事を休んだ場合、休業4日目以降、平均賃金の80%について補償を受けられます。
なお、休業3日目までは、労働基準法26条に基づく休業手当(平均賃金の60%)を請求できます。
③障害(補償)給付
ケガが完治せずに後遺症が残った場合、認定される障害等級に応じた金額の補償を受けられます。
参考:
障害等級表|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken03/
④遺族(補償)給付
ドライバーが死亡した場合、生活保障などを目的として、遺族に支給されます。
⑤葬祭料・葬祭給付
ドライバーが死亡した場合、葬儀費用の補償として支給されます。
⑥傷病(補償)給付
ケガが傷病等級第3級以上に該当し、かつ1年6か月以上治らない場合に支給されます。
⑦介護(補償)給付
ケガが第1級または第2級の精神・神経障害および腹膜部臓器の障害に該当し、要介護の状態にある場合に支給されます。
●労災保険給付の請求方法
労災保険給付は、所属する事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に対して請求します。
請求に当たっては、労災保険給付の種類に対応する請求書の提出が必要です。以下の厚生労働省ページから様式をダウンロードできるほか、労働基準監督署の窓口でも様式を交付してもらえます。
参考:
労災保険給付関係請求書等ダウンロード|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/03.html
なお、交通事故によるケガは「第三者行為災害」に当たるため、以下の書類も併せて提出する必要があります。
・第三者行為災害届
・念書兼同意書
・示談書の謄本または写し(示談が行われた場合)
・死体検案書または死亡診断書(死亡の場合)
・戸籍謄本(死亡の場合)
・交通事故証明書または交通事故発生届
・自賠責保険等の損害賠償金等支払証明書または保険金支払通知書
◎交通事故の被害者に対する損害賠償の考え方|ドライバーと会社の分担は?
交通事故についてドライバーに過失があり、事故の相手方や乗客などがケガをした場合、ドライバーは被害者の損害を賠償しなければなりません。
その一方で、ドライバーだけでなく会社も、被害者に対する損害賠償責任を負います。
もし会社が損害全部をカバーできる保険(対人賠償責任保険・対物賠償責任保険・車両保険)に加入していなければ、ドライバーと会社のいずれかが、被害者に対して損害を賠償しなければなりません。
その場合、最終的にはドライバーと会社の間で、被害者に対する損害賠償責任をどのように分担するかが問題となります。
●法的責任の根拠|不法行為・使用者責任・運行供用者責任
ドライバーと会社が、交通事故の被害者に対して損害賠償責任を負うことの法的根拠は、それぞれ以下のとおりです。
①ドライバー|不法行為
過失によって(違法に)被害者にケガをさせた行為につき、不法行為(民法709条)の責任を負います。
②会社|使用者責任or運行供用者責任
雇用しているドライバーが、会社の事業に当たる行為(運転)によって被害者にケガをさせたことにつき、使用者責任(民法715条1項)を負います。
また、事故車両を運行の用に供する者として、その運行によって被害者にケガをさせたことにつき、運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)を負います。
●被害者から請求を受けたら、全額を支払わなければならない
前述のとおり、業務上の運転中にドライバーの過失によって発生した交通事故については、ドライバーと会社の両方が被害者に対する損害賠償責任を負います。
この場合、ドライバーと会社は「共同不法行為者」の関係に立ちます(民法719条1項)。共同不法行為者は、連帯して被害者の損害を賠償しなければなりません。
「連帯して」の意味するところは、どちらが被害者から請求を受けた場合でも、客観的に生じた損害の全額を賠償しなければならないということです。
後述のとおり、最終的には会社とドライバーで責任を分担すべきですが、被害者との関係では、請求を受けた側がいったん全額を賠償する必要があります。
●ドライバー・会社間での損害賠償責任の分担
業務上の運転中に発生した交通事故については、ドライバーと会社の間で、被害者に対する損害賠償責任を分担します。仮にどちらかが全額の損害賠償を行った場合、もう一方の負担割合に応じて求償を行うことができます。
交通事故がドライバーのミス(過失)であったとしても、会社との関係で法的にドライバーが負担すべき責任は、限定的となるケースが多くなっています。
たとえば最高裁昭和51年7月8日判決では、業務用タンクローリーを運転中に交通事故を起こした事案が問題となりました。会社は対人賠償責任保険のみ加入しており、対物賠償責任保険・車両保険は未加入でした。
同最高裁判決は、ドライバーと会社の責任割合を決定するに当たり考慮すべき事情を以下のとおり例示したうえで、ドライバーと会社の責任割合を「1:3」と判示しています。
・事業の性格、規模、施設の状況
・ドライバーの業務の内容、労働条件、勤務態度
・加害行為の態様
・加害行為の予防、損失の分散についての会社の配慮の程度
・その他の諸般の事情
会社がドライバーを雇用して利益を上げている以上、ドライバーのミスによって生じた損失についても大部分は会社が被るべきというのが、判例の基本的なスタンスと考えられます(報償責任)。
ドライバーとしては、会社から過大な責任の負担を求められた場合、上記の判例の考え方に沿って反論すべきです。状況によっては弁護士のアドバイスを受けながら、会社に言いくるめられないように戦ってください。
阿部 由羅
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。