国内外の事例を紹介 MaaSはここまで進んでいる! 

    公共交通機関・タクシー(5km圏内)・レンタカーがどれも乗り放題、シェアサイクルも30分以内なら無料。*1

    しかも、移動する前にスマホで検索すれば最適なルートとサービスの組み合わせを知ることができ、予約、決済が一括でできるとしたら、どうでしょう。

    これはフィンランド企業のMaaS Global社が2016年に実用化したMaaSのスマホアプリ「Whim」。実際にフィンランドのヘルシンキで提供されているサブスクリプション・サービスです(図1)。*2

    図1 「Whim」アプリ

    出典:国土交通省(2019)「国土交通省のMaaS推進に関する取組について」p.3 https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001320589.pdf

    ただし、上のプランの月額は499ユーロ。1ユーロを約141円(2022年6月20日時点のレート)で計算すると、約7万円です。安くはありませんが、このアプリを利用すればマイカーは不要で、月々のローンも、自動車税も、任意保険料も、車検代も要りません。

    別のオプションもあります。月額49ユーロ(上と同じレートで計算して約6,900円)で、公共交通機関乗り放題、半径5km以内のすべてのタクシー10ユーロ(約1,410円)、レンタカー1日49ユーロ(約6,900円)の固定料金、シェアサイクルの利用回数無制限で1回30分以内なら無料、というプランです。

    さらに、無料プランもあります。使った分だけ料金を払いますが、検索・予約・決済は他のプラン同様、一括でシームレスに行うことができます。

    これが、MaaSの世界初の実用化です。ちなみにMaaS Global社は日本の企業と提携して、首都圏でのサービス提供を開始しています。*3

    ただし、これはMaaSのほんの1例。MaaSは現在、非常に幅広い分野で実用化されつつあり、また世界各地でさかんに実証実験が行われています。

    それはどのようなものでしょうか。

    本稿では、国内外の事例や実証実験をご紹介し、MaaSのポテンシャルを探ります。

    MaaSとは

    MaaS (マース:Mobility as a Service) は次世代型の交通です。

    自家用車以外のすべての交通手段による移動を1つのサービスと捉え、さまざまな先端技術を使って、シームレスにつなぎます(図2)。*4

    図2 MaaSの概要

    出典:国土交通省(2019)「国土交通省のMaaS推進に関する取組について」p.2 https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001320589.pdf

    例えば、先ほどのWhimのように、検索によってさまざまなルートやサービスを把握し、最適な形で組み合わせ、予約、決済まで一括で行います。

    MaaSは個人の移動を効率化するだけではなく、都市部での交通渋滞や環境問題の対策、地方における交通手段の確保、広域移動医療、物流の改善など、さまざまな社会問題の解決にも役立ち、スマートシティーを実現させるためにも欠かせないサービスです。

    さらに、MaaSの情報を活用した新たなビジネスモデルも出現しつつあります。

    海外の事例

    ここではアメリカの「新しい命」を守るための取り組みを取り上げます。

    アメリカコロンバス市:乳幼児の死亡率を低下させるための取り組み

    アメリカの運輸省(DOT)は2015年にスマートな交通システムに関するコンペを行いました。*5

    アメリカの中規模都市(人口20~85万人)を対象としたこのコンペには全米78都市から応募がありましたが、2016年、オハイオ州コロンバス市が優勝し、4,000万米ドルの助成金を手にして、さまざまな取り組みをしています。

    これからご紹介するのは、そのうちの「妊婦移動支援サービス」です。

    コロンバス市周辺は、全米で最も乳幼児死亡率が高い地域の1つで、その要因として出生前の医療が十分でないことが挙げられていました。*6

    健診を受けない妊婦の中には、安全でスムーズに移動できる交通手段がみつからず、仕方なく予約していた健診を省いてしまう人も多くみられました。

    そこで、それまでの交通サービスの改善点を洗い出した上で、2019年からRides4Babyと呼ばれる妊婦のための移動支援サービスを始めました。

    乗車予約はウェブサイトかスマホのアプリで行いますが、病院の予約と同時に行うことになっています。*7

    送迎してもらうのは自宅だけでなく、フードバンクや薬局でもよく、病院も産婦人科に限らず、歯科、眼科などさまざまな場所を指定することができます。また、本人以外が同乗することも可能です。

    車のタイプもふつうの乗用車の他に車椅子に対応したものやチャイルドシートがついたものなどから選べますし、すぐに利用することも、予約することもでき、予約時間の15分から20分前にリマインドしてくれるサービスもあります(図3 左)。

    図3 Rides4Babyのアプリ画面 左:送迎場所と送迎時間、右:送迎者・車・位置の情報

    出典:Kaizen Health and the City of Columbus “Prenatal Trip Assistance (PTA) Operations and Maintenance Plan  DRAFT REPORT” p.9、p.38 https://d2rfd3nxvhnf29.cloudfront.net/2021-03/SCC-B-PTA-O%26M-Final%2012.20.19.pdf

    送迎車が送迎場所に向かっている間、乗車予定画面にはドライバーの名前や車のナンバー、そして移動中の位置がリアルタイムで地図上に表示されます(図3 右)。

    乗車後は、その乗車がどうだったかをSMSで評価します。

    コロンバス市の取り組みの意義は、交通と医療を組み合わせ、身近にある深刻な社会問題を解決しようとするところにあります。

    日本でも、2021年に、コロナ感染により自宅療養していた妊婦が陣痛を覚えて保健所に連絡したのにもかかわらず、受け入れ先の病院がみつからずに自宅で出産し、生まれたばかりの子どもの命が救えなかったという、痛ましいできごとがありました。*8

    日本にも「マタニティータクシー」「陣痛タクシー」「ママサポ―トタクシー」などの名称で、民間のタクシー会社が妊婦へのサービスを提供しています。シングルマザーや家族が不在のときのために、陣痛時の利用には優先してタクシーを配車するなどして妊婦を支えるサービスです。

    ただ、このサービスは公的なものではなく、妊婦の移動と医療をつなぐサ―ビスの構築はまだこれからです。

    コロンバス市の取り組みは、生まれてくる命を救うことにつながったのでしょうか。その調査結果が待たれるところです。

    国内の実証実験

    次に、日本初の実証実験を2例みていきましょう。

    長野県伊那市「ヘルスケアモビリティ実証実験」

    長野県伊那市は民間企業との協働で、日本初の医療MaaS実証事業に取り組んでいます。*9、*10

    高齢化が進むなか、伊那市周辺は医師不足に悩んでいます。さらに山間地域に暮らす患者を往診する担い手もなく、移動コストもかかり、大きな課題になっていました。

    この実験では、オンライン診療用車両「INAヘルスモビリティ」が使われています。オンライン診療の予約時間に合わせて、看護師が専用アプリから配車を予約します。往診日には看護師が診療車に乗って、患者の元まで移動します。

    患者が車内に乗り込むと、医師は遠隔地からテレビ電話で患者を診察し、看護師は医師の指示に従って診察の補助を行います。

    「INAヘルスモビリティ」は車椅子のまま乗ることもできます。

    図4 「INAヘルスモビリティ」の内部

    出典:ソフトバンク(2020)「医療MaaS 「医師の乗らない移動診療車」が挑む地域医療問題 | 長野県伊那市実証事業 現地取材」https://www.softbank.jp/biz/blog/business/articles/202003/medical-maas/

    車内には心電図モニター、血糖値や血圧の測定器をはじめとする各種の医療機器やAEDが搭載されています。

    また、クラウドシステムを活用して、車内に設置したコンピュータから患者の診察履歴を閲覧したり、訪問記録を入力・管理したりすることができます。

    この取り組みのメリットは、オンラインだけではなく、看護師が移動することで物理的に患者と医療関係者をつなぐことができることです。ただ、前例がない試みなので、どこまで看護師による医療補助が可能かは、実証事業の過程でチェックしていくことになります。

    伊那市は、この実証事業のフェーズ2として遠隔での服薬指導、そしてフェーズ3では医薬品をドローンで配送することを目指しています。

    高蔵寺ニュータウン「貨客混載型オンデマンドサービス」

    国土交通省では、MaaSの普及に向けて、AIを活用したオンデマンド交通の導入を支援しています。*11

    オンデマンド交通とは、アプリや電話で配車予約をすると、AIが車両位置からリアルタイムで最適な運行ルートを決定し、乗合をしつつ、だいたい希望時間通りの移動が可能なサービスです。

    個々の都合に合わせて乗降場所を決めることができ、低コストで一定数の人が同時に移動可能なため、イメージとしてはタクシーと路線バスの中間といったところです(図5)。*12

    図5 オンデマンド交通のイメージ図

    出典:国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業の拡大」p.2 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001342928.pdf

    最後にご紹介するのは、このオンデマンド交通を活用した実証実験です。*13、*14

    愛知県春日井市に所在する高蔵寺ニュータウン地区は、初期入居者が一斉に高齢期を迎えています。坂道が多く、路線バスの運行本数が減少していることから、運転免許証返納後の移動手段に不安を抱える高齢者が多くなっています。また、米や飲料などの重い荷物やかさばる荷物を持っての移動も大変です。

    運転免許証返納後の高齢者をどうやって支えていくかは、この地域だけでなく、全国的な課題でもあります。

    春日井市は名古屋大学と民間の総合研究所との協働で、自動運転車「ゆっくりカート」による人の送迎と、同じ車を使った商品の配達を行う実証実験を行いました(図6)。

    以下のような運行管理システムは、自動運転車向けとしてはこれが初めてです。

    図6   高蔵寺ニュータウンの「貨客混載型オンデマンドサービス」の流れ

    出典:愛知県春日井市・国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学・株式会社 KDDI 総合研究所「高蔵寺ニュータウンで貨客混載型の自動運転×MaaS 実証実験を実施」p.1 https://www.chubu.meti.go.jp/c32automobile/220204/220204press_maas_kasugai.pdf

    ユーザーから乗車・配達注文の予約が入ると、人の乗降車を優先し、その合間に商品を配達するといった効率的な運行が自動調整されます。

    そのようにして、自動運転車の「ゆっくりカート」が、あらかじめ登録された128か所の停留所(店舗2か所を含む)の間を運行しますが、運行ルートの範囲内であれば乗客が指定する場所での乗降も可能です。

    MaaSのポテンシャル

    人や物の移動に関わる交通は、私たちの生活を日々支えています。

    その交通をMaaSの視点で捉えると、これまで分断されていたものが交通を軸につながって、解決が難しいと思われていた問題にも光が当たり、解決の糸口がみつかります。

    ただ、そのような視点でものごとを捉え直せるかどうか―それはひとえに人間の叡智にかかっているのではないでしょうか。

    資料一覧

    *1Maas Global(2019)“WHIMPACT>3.1 THE WHIM SERVICE IN HELSINKI” p.6 https://ramboll.com/-/media/files/rfi/publications/Ramboll_whimpact-2019.pdf

    *2国土交通省(2019)「国土交通省のMaaS推進に関する取組について」p.3、p.2 https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001320589.pdf

    *3ShareTomorrow「移動をもっと自由に、快適にする。」 https://maas-town.sharetomorrow.co.jp/?utm_source=maas

    *4国土交通省「日本版MaaSの推進>MaaSとは」https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/#:~:text=MaaS

    *5国土交通省(2021)「モビリティクラウドを活用したシームレスな移動サービス の動向・効果等に関する調査研究(最終報告)」(国土交通政策研究 第158号) p.25、p.41、p.60 https://www.mlit.go.jp/pri/houkoku/gaiyou/pdf/kkk158.pdf

    *6 SMART COLUMBUS “Prenatal trip assistance”https://smart.columbus.gov/projects/prenatal-trip-assistance

    *7 Kaizen Health and the City of Columbus “Prenatal Trip Assistance (PTA) Operations and Maintenance Plan DRAFT REPORT ” pp.36-38 https://d2rfd3nxvhnf29.cloudfront.net/2021-03/SCC-B-PTA-O%26M-Final%2012.20.19.pdf

    *8NHK(2021)「【詳しい経緯は】自宅療養中の妊婦 自宅で出産 新生児死亡」(2021年8月19日 20時18分配信)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210819/k10013212441000.html

    *9伊那市と MONET、 次世代モビリティサービスに関する業務連携協定を締結 ~伊那市が医師による診察を遠隔で受けられる移動診察車の実証を実施~https://www.inacity.jp/shisei/inashiseisakusesaku/shinsangyougijutu/osirase/teiketu.files/mobileclinic.pdf

    *10 ソフトバンク(2020)「医療MaaS 「医師の乗らない移動診療車」が挑む地域医療問題 | 長野県伊那市実証事業 現地取材」https://www.softbank.jp/biz/blog/business/articles/202003/medical-maas/

    *11国土交通省(2020)「日本版 MaaS の実現に向けて AI オンデマンド交通の導入を推進! (地域の移動手段の確保を支援します) ~6地域・6事業者に交付決定~」https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001342927.pdf

    *12国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業の拡大」p.2 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001342928.pdf

    *13 愛知県春日井市・国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学・株式会社 KDDI 総合研究所「高蔵寺ニュータウンで貨客混載型の自動運転×MaaS 実証実験を実施 ~128カ所間を対象に、オンデマンドによる人・商品を対象とした配車・運行ルートを自動調整~」p.1https://www.chubu.meti.go.jp/c32automobile/220204/220204press_maas_kasugai.pdf

    *14 KDDI 総合研究所自動運転車の運行経路・相乗り調整自動化システムの実証実験を開始~国内初の複数予約自動設定で高蔵寺ニュータウン地区における移動の課題を解決~https://www.kddi-research.jp/newsrelease/2021/061801.html

     横内美保子 博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。