トラックドライバーの完全歩合給制は違法? 労働基準法上のチェックポイントを弁護士が解説
トラックドライバーは、運行距離などに応じた歩合給制が採用されているケースが多くなっています。
歩合給制については、労働基準法で規制が設けられています。会社が労働基準法の解釈・適用を誤っている場合、ドライバーは会社に対して未払い残業代を請求できる可能性がありますので、お近くの弁護士などにご相談ください。
今回は、トラックドライバーについて採用されることの多い「歩合給制」について、労働基準法上のチェックポイントを解説します。
◎雇用契約の場合、完全歩合給制は違法|一定の基本給を保障する必要あり
トラックドライバーの中には、基本給のない完全歩合給制か、それに近い給与形態が取られている方もいらっしゃるようです。
しかし、後述する業務委託の場合は別として、会社に雇用されているトラックドライバーについては、完全歩合給制を採用することは認められません。
労働基準法27条によって、出来高払制(歩合給制)で働く労動者に対しても、使用者は労働時間に応じた一定額の賃金を保障しなければならないとされているからです。
なお「一定額の賃金」は、最低賃金以上の金額でなければなりません(労働基準法28条、最低賃金法)。たとえば東京都の労動者であれば、1時間当たり1041円です(2022年7月現在)。
したがって、会社に雇用されているトラックドライバーについては、基本給の金額をゼロまたは限りなく低い金額に抑えて、完全歩合給制かそれに近い給与形態を採用することは認められないのです。
もしトラックドライバーの方が、完全歩合給制やそれに近い給与形態で働いている場合には、未払い賃金が発生している可能性があります。
◎歩合給制のドライバーについて問題になりやすい残業代トラブル
歩合給制のトラックドライバーに対しては、労働基準法のルールに反して残業代が正しく支払われないケースが非常に多くなっています。
●残業代が全く支払われない
「歩合給制だから、残業代を支払う必要はない」
このように主張する運送会社があるようですが、労働基準法に違反しています。
労働基準法37条では、時間外労働・休日労働・深夜労働をした労動者に対する割増賃金の支払いを、使用者に義務付けています。
割増賃金率
時間外労働
(1日8時間または週40時間を超える労働)
125%以上
※大企業の場合、月60時間を超える部分は150%以上
休日労働
(法定休日の労働)
135%以上
深夜労働
(午後10時から午前5時までの労働)
125%以上
時間外労働かつ深夜労働
150%以上
※大企業の場合、月60時間を超える部分は175%以上
休日労働かつ深夜労働
160%以上
時間外労働・休日労働・深夜労働に対する割増賃金の支払い義務は、歩合給制で働く労動者に対しても適用されます。
したがって、歩合給制のトラックドライバーに対して、時間外労働・休日労働・深夜労働のいずれかが発生しているにもかかわらず、残業代を全く支払わないことは違法です。
●歩合給に残業代が含まれている
「残業代は歩合給に含めているので、追加で残業代を支払う必要はない」
このような取扱いも、労働基準法違反に当たります。
労働時間に応じて支払われる残業代は、運行距離などの実績に応じて支払われる歩合給とは別物です。したがって、残業代と歩合給は別々に計算して支給しなければなりません。
◎歩合給制ドライバーがもらえる残業代の計算方法
歩合給制で働くドライバーについては、残業代の計算方法が通常の労動者とは異なります。
具体的な計算は弁護士に確認することをお勧めいたしますが、基本的な考え方は以下のとおりです。
●基本給部分と歩合給部分に分けて残業代を計算する
歩合給制で働く労動者の残業代は、以下の計算式により、基本給部分と歩合給部分に分けて算出します。
残業代(基本給部分)
=1か月の基本給÷月平均所定労働時間×残業時間数×割増賃金率
残業代(歩合給部分)
=1か月の歩合給÷総労働時間×残業時間数×(割増賃金率-100%)
基本給は所定労働時間に対して支払われるのに対して、歩合給は総労働時間(=所定労働時間+残業時間)に対して支払われるという違いから、上記のように計算式が分けられています。
●歩合給制ドライバーの残業代計算例
<設例>
・トラックドライバー
・月給制、歩合給制
・2022年7月の基本給:32万円
・2022年7月の歩合給:10万円
・月平均所定労働時間:160時間
・2022年7月の時間外労働:40時間
上記の設例では、2022年7月の残業代は以下のとおり計算されます。
残業代(基本給部分)
=32万円÷160時間×40時間×125%
=10万円
残業代(歩合給部分)
=10万円÷(160時間+40時間)×40時間×25%
=1万円
残業代(合計)
=10万円+1万円
=11万円
したがってトラックドライバーは、基本給と歩合給を合わせた42万円とは別に、残業代11万円を受け取れます。
◎歩合給制ドライバーが未払い残業代を請求する手続き
歩合給制で働くトラックドライバーの方が、会社から適正な残業代を受け取れていない場合、以下の手続きによって未払い残業代を請求できます。
実際の請求手続きは、弁護士を代理人として行うのがスムーズです。
①会社との協議
会社に対して残業代の発生根拠を示し、自発的に残業代を支払うよう求めます。
②労働審判
非公開の労働審判手続きを通じて、会社に残業代の支払いを求めます。
審理は原則3回以内で終了するため、早期解決が期待できます。ただし、当事者のいずれかから異議申立てがあった場合には、自動的に訴訟へと移行します。
参考:
労働審判手続|裁判所
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/roudousinpan/index.html
③残業代請求訴訟
裁判所の公開法廷で行われる訴訟手続きを通じて、会社に残業代の支払いを求めます。
◎業務委託のドライバーは労働基準法の対象外
これまで解説した労働基準法のルールは、使用者(会社)に雇用されている労動者についてのみ適用されます。
もし会社から雇用されているのではなく、業務委託を受けているトラックドライバーの場合は、原則として労働基準法による保護を受けられないのでご注意ください。
●業務委託なら完全歩合給制も認められる|残業代も発生しない
業務委託の場合、労働基準法が適用されないため、基本給を保障しない完全歩合給制も認められます。
また、労働基準法で使用者に義務付けられている残業代の支払いも、業務委託の場合は不要となります。
したがって、トラックドライバーの方が会社に対して未払い賃金(残業代)を請求できるかどうかを知るには、まず会社との契約形態(雇用or業務委託)を確認しなければなりません。
●業務委託or雇用は実態から判断
ただし、名目上は「業務委託」であっても、法的には「雇用」とみなされ、労働基準法が適用される場合があります。
労働基準法を適用すべき「雇用」であるかそうでないかは、契約の形式のみならず、実態を踏まえて判断されるからです。
雇用と業務委託の大きな違いは、ドライバーが会社の指揮命令下にあるか否かの点です。
具体的には、以下のような事情があれば、契約形式の如何にかかわらず「雇用」と判断される可能性が高くなります。
・出勤時間や退勤時間が定められている(定時がある)
・就業規則など、社内規程の遵守が求められている
・仕事のやり方や時間配分を具体的に指示されている
会社との契約が「業務委託」の名目であるとしても、勤務実態によっては残業代を請求で切る可能性がありますので、お近くの弁護士までご相談ください。
阿部 由羅 ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。