居眠り運転だけではない!睡眠不足による健康被害と休息の重要性を看護師が解説
トラック、タクシー、バスなど運転手にとって、睡眠不足は大きな痛手になります。居眠り運転で事故を起こせば、自分や相手の命に関わりますし、会社の信用問題にもつながります。睡眠をしっかりとろうと心がけている方も多いと思いますが、労働環境の問題でそうはいかない現状もあります。運輸業界の労働環境は少しずつ改善に向かっていますが、まだ完璧と言える状況ではありません。
では、実際に睡眠不足の影響はどのようなものがあるのでしょうか。今回は、運輸業界の労働環境をふまえながら、睡眠不足によって起こる問題点と改善策について解説します。
運輸業界の休息時間の実情
運輸業界の休息時間の短さは、以前から問題視されてきました。朝日新聞によると、仕事を終えてから次の始業までに一定の休息時間を設ける「勤務間インターバル制度」について、バス、タクシー・ハイヤー運転手等の運輸業の自動車運転手を対象に「11時間以上」とする努力義務が設けられることになりました。義務とする時間も1時間延長し、9時間以上となる見込みです。*1
これまでの休息時間は8時間以上とることが義務だったので、1時間延長されたことになります。8時間と聞くと、十分に休息がとれそうに思いますが、実はそうではありません。この時間には、通勤時間や食事、家事をする時間などが含まれるため、「休息期間イコール睡眠時間」ではないのです。
例えば通勤に往復2時間かかる方の場合、自宅で過ごせる時間は6時間となります。その時間で、食事や入浴、家事などを済ませると、睡眠に割ける時間は4時間程度になることもあり得ます。2024年4月から9時間以上の休息期間が義務となりますが、上記の例で考えてみると、それでも決して十分とは言えないでしょう。
では、適正な睡眠時間とはどのくらいなのでしょうか。
一晩の睡眠の量は、年齢とともに少しずつ減っていきます。厚生労働省によると、10歳代前半までは8時間以上、25歳で約7時間、その後 20 年経って45歳には約6.5時間、さらに20年経って65歳になると約6時間というように、健康で病気のない人では20年ごとに30分ぐらいの割合で減少していきます。*2 バスやタクシー運転手の平均年齢は年々上昇しており、平成29年度時点で全国のバス運転手の平均年齢が49.8歳、タクシー運転手は59.3歳でした。*3
バスやタクシー運転手の平均年齢から考えると、適正な睡眠時間は約6~6.5時間であることが分かります。実際に運転手として勤務している方は、ご自身の睡眠時間と比べてみてください。
睡眠不足による影響とは
睡眠不足になると、事故や病気などさまざまなことに影響が出てしまいます。
具体的に見ていきましょう。
(1)居眠り運転による事故
睡眠不足になると日中も眠気が残ってしまい、居眠り運転につながります。また、しっかりと睡眠がとれていないことで集中力が低下し、事故を起こす可能性があります。運転は、非常に集中力を必要とする行為です。そのため、睡眠不足は事故に直結してしまいます。
(2)病気の発症、病気による事故
睡眠不足は、心筋梗塞や脳血管疾患など生活習慣病のリスクを高めます。睡眠不足によって、食欲を抑えるホルモンが低下するため食欲が増し、肥満になりやすい傾向があります。自律神経のバランスが崩れたり高血圧になりやすかったりするので、生活習慣病につながります。
さらに、精神疾患にも影響を与える可能性があるでしょう。睡眠不足になると脳が正常に機能せず、意欲の低下や気分の落ち込みなどを感じやすくなるためです。
さらに、病気によって事故を起こす危険性もあります。国土交通省のデータによると、平成25年から令和元年で健康起因による事故を起こした運転者1,891人のうち心臓疾患、 脳疾患、大動脈瘤及び解離が31%でした。死亡した運転者の疾病別内訳では、約8割が上記と同様の病気を発症しています。*4
このデータから、病気がより重大な事故を引き起こしていることが分かります。
さらに、事故や病気が続くとどのような影響があるでしょうか。個人の問題だけでなく、会社や運輸業界にも大きな影響を及ぼします。会社のイメージダウンにつながり、収益が減るかもしれません。また、「休憩もしっかりとれない職場では働きたくない」と、運輸業界に就職を希望する方も少なくなるかもしれません。このように、睡眠不足はさまざまな問題の原因になり得るのです。
睡眠や休息の質を高めるためにできること
健康を維持し、事故のリスクを最小限にするためには、十分な休息時間が必要です。しかし、現状では難しいという方もいるでしょう。そのような方のために、まずは個人でできる睡眠の質を高めるコツを紹介します。
(1)ぐっすり眠れるように生活習慣を整える
早めに眠ったとしても、なかなか寝付けなかったり睡眠が浅かったりするともったいないと感じてしまいます。ぐっすり眠るために、生活習慣を見直してみましょう。例えば、眠る直前までスマホを触っていませんか?気温が高い日や時間がないときは、入浴をシャワーで済ませていないでしょうか。これらの行動は、浅い睡眠につながります。スマホから発する強い光によって目が冴えてしまうので、夜は使用時間を短くするようにしましょう。また、湯船につかることで体温が下がりやすくなり寝つきがよくなるので、入浴はできるだけ湯船につかるようにしましょう。
(2)寝酒は厳禁
お酒を飲むと眠れると思っている方は多いのですが、実は間違いです。寝つきはよくなるものの、眠りが浅くなるので中途覚醒しやすくなります。眠りが浅いと、睡眠をとったのにも関わらず朝起きられない、日中眠気が残るなどの症状がでます。ドライバーの方は、普段から業務に支障が出ないようにお酒を飲む時間帯は意識していると思いますが、休みの日や次の勤務まで時間が空くときは気が緩んでしまうかもしれません。休みの日もお酒の量は控えめにして、寝る直前に飲むのはやめましょう。
(3)少しの時間でも体を休める
業務時間内の休憩中も、できるだけ体を休めるように意識してみてください。仮眠をとれればベストですが、なかなか眠れないという方もいるでしょう。そのような場合は、目を閉じるだけでも情報を遮断できるので疲れが癒せます。
(4)睡眠不足が続くときは病院に行く
生活習慣に気を付けても不眠を感じるときは、迷わず病院を受診しましょう。もしかすると、睡眠障害を発症している可能性もあります。眠れないことで病院に行くことに抵抗のある方はいるかもしれませんが、今は睡眠外来という専門の診療科もあります。良質な睡眠をとることは、健康にとって欠かせません。上手に活用しましょう。
睡眠不足は、業界全体で改善する必要がある
これまで個人の方ができる対策について述べましたが、それだけでは不十分です。運輸業界全体で、改善していく必要があります。冒頭、「運輸業界の休息時間の実情」でご紹介したように、運輸業界の業務環境は少しずつ改善されており、9時間以上の休息が義務付けられました。しかし、欧州連合(EU)では11時間の休息を義務付けており、これと比較してもまだ足りません。*5
従業員の健康管理も、会社や業界の責務です。しっかりと睡眠をとることは、事故防止や病気の予防につながり、結果的には会社や業界の利益になります。職員が足りない場合、すぐの改善は難しいかもしれませんが、一度勤務体制の見直しを検討して下さい。体調が思わしくない社員には声をかけたり、無理に出社しないよう配慮したりなど、それぞれの会社でできるところから始めてみてはいかがでしょうか。
【まとめ】
運輸業界やそこで働く方にとって、睡眠不足は命取りになります。
働く個人ができる対策をすること、業界全体として労働環境を整えることの両方が必要です。
個人や会社、業界にとっての利益は何なのか、長期的な視点で考え一つずつ行動に移していきましょう。
【参照サイト】
*1 参考)朝日新聞 「休息11時間以上、努力義務 勤務間インターバル 運輸業の運転手」https://www.asahi.com/articles/DA3S15235673.html
*2参考)厚生労働省健康局 「健康づくりのための睡眠指針 2014」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf p8
*3参考)国土交通省 中国運輸局 「中国地方における「自動車運送事業(バス・タクシー)の運転手不足対策」に関する調査報告書 概要版」https://wwwtb.mlit.go.jp/chugoku/content/000095750.pdf p4
*4参考)国土交通省 「健康起因事故の疾病別の内訳(平成25年~令和元年)」https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/kenkokiinjiko.pdf p3
*5参考)朝日新聞 「休息時間「11時間以上」を努力義務へ 運輸業界のインターバル制度」https://www.asahi.com/articles/ASQ3J3RKZQ3GULFA03N.html
浅野すずか フリーライター。看護師として病院や介護の現場で勤務後、子育てをきっかけにライターに転身。看護師の経験を活かし、主に医療や介護の分野において根拠に基づいた分かりやすい記事を執筆。