どうやって雇用を守る?コロナ禍をきっかけに考えたい、タクシー業界の人手確保

    新型コロナウイルスが国内で流行しはじめた2020年の2月以降、多くの業界が打撃を受け、従業員の数を減らす動きがありました。

    タクシーや観光バス業界も、日本を訪れる外国人が激減したことで窮地に立たされ、雇用をめぐるトラブルも報じられています。

    そのような中で一躍脚光を浴びたのが、運転手の給料を確保するために車両を売却した大阪の「日本城タクシー」です。
    コロナの影響で利益を大きく減らしたタクシー事業者が運転手を守っていくには、どのような工夫が必要なのでしょうか。

    タクシー運転手の賃金
    国土交通省の統計によると、令和3年のタクシー運転手の年間賃金の推定額は280万4,000円でした*1。
    前の年より6.4%、金額にして19万2,200円減っています。
    一方で全産業合計労働者の賃金の年間推定額は489万3,100円ですから、格差が広がったことになります。

    図1 全産業平均とタクシー運転手の月間給与の違い(男性の場合)
    (出所:「令和3年タクシー運転者の賃金・労働時間の現況 」全国ハイヤー・タクシー連合会) p.4
    http://www.taxi-japan.or.jp/pdf/toukei_chousa/tinginR3.pdf

    新型コロナの直撃は、運転手の生活をさらに苦しめています。

    ここ数年のタクシー運転手の年間賃金の推移を見ると、下のようになっています(図2、単位は万円)。

    図2 タクシー運転手の年間賃金の推移(万円)
    (出所:「タクシー運転者の年間賃金推移」自交総連 より作成)
    http://www.jikosoren.jp/data/tingin-suii.pdf

    コロナ前より大きく落ち込んでいることがわかります。

    また、2021年3月には、新型コロナの影響でタクシー事業者4 社が事業廃止に追い込まれたことを国土交通省中部運輸局が明かしています*2。
    愛知県内だけで4社ですから、全国で複数のタクシー事業者が廃止したであろうことは容易に想像できます。

    中には、運転手など全従業員を一斉解雇することを表明した会社を相手に運転手が裁判を起こしたということもありました*3。

    苦境に立たされたタクシー業界ですが、その中で注目されたのが大阪の「日本城タクシー」です。

    バスを売って運転手を守った会社
    日本城タクシーではコロナの影響を受け、特に外国人観光客が激減したことで貸切バスの予約がほぼ白紙になるなど、経営に大きな打撃を受けていました。

    そこで坂本社長が取った策は、所有するバスを売却することでした。

    坂本社長はBS-TBSの番組で「観光バスの運転手を育てるには数年かかる。大事にするのは当たり前」と語っています*4。

    その後、売上の確保のために故障車のレッカーなど新事業にも参入しましたが、2億円の借金は残りました。

    そこで坂本社長は新たな策に出たのです。

    新たな事業は「ベビーカステラ」?
    新たな事業として日本城タクシーが乗り込んだのは飲食業です。

    坂本社長はベビーカステラ専門店をオープンさせました。
    オリジナルのレシピは社外秘情報、店頭でカステラを焼くのは本業が暇になった運転手たちという異色の店です。

    なぜベビーカステラだったのか。1人の男性との出会いがきっかけだったと坂本社長は毎日放送の取材で語っています。

    「露天商のおっさんに会ったら『ベビーカステラが儲かるの知っているか』と教えてくれて、だいたいあれは親分格がするんやと、利益率がいいんやと」

    <引用:「タクシー会社の打開策が『ベビーカステラ』!?なんと専門店をオープン…『社員の雇用を守る』社長の挑戦」 MBS NEWS>
    https://www.mbs.jp/news/feature/kansai/article/2021/11/086407.shtml

    タクシー会社とベビーカステラという意外な組み合わせはこうして生まれました。とにかく運転手の雇用を守る、そのためには専門外の分野にも出ていくという姿勢です。

    そして従業員にとっては、働いてお金を得られる場所があることがモチベーションにもなっているのです。

    タイでは車両を使って菜園?
    また、海外ではこのような話もあります。

    タイ・バンコクのタクシー会社では、コロナの影響で使われなくなった車両300台の屋根の上で「菜園」を始めました*5。
    車両は稼働していなくても、リース代が残ってしまいます。そこで、直接お金になるものではありませんが、「腹の足しに」菜園を始めたという究極のアイデアです。

    プランターで野菜や香草を育てたり、外したタイヤを重ねて水槽を作り食用ガエルを育てたりするなどのアイデアも披露されています。せめて何か生活の足しになるものを従業員に提供しようという姿勢なのです。

    一過性の苦境という認識は危険
    さて現在は、街に人出も戻りつつあります。

    しかし、そこで安心しきってはならず、今回の教訓は今後も生かされるべきと筆者は考えます。
    長期的にみれば、少子高齢化の影響が今後いっそう強く出てくるからです。

    いまも原油高が続いている上、次にいつ、どんなパンチが飛んでくるかはわかりません。
    その時に、どう対応するのか。
    業態転換や異業種への進出といった選択肢も、どこかで頭に入れておかなければなりません。

    実際、同じように大打撃を受けた飲食業では、持ち帰り専門店に店舗を改装したり、自動販売機で商品を売ったりする工夫をしている店がちらほら見られます。
    特に自動販売機は、営業時間が夜8時までに制限されていた時、仕事終わりでの外食ができなくなったサラリーマンからは好評を得ています。

    また、従業員を安易に手放すことも危険です。
    景気が戻った時に人手不足に陥り、それが原因で業務を継続できなくなる「人手不足倒産」も存在しているからです。

    中長期的にどう人員を守り確保していくのか。
    コロナ禍をきっかけに、今一度考えてみたいものです。

    清水 沙矢香 2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
    取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

    *1
    「令和3年タクシー運転者の賃金・労働時間の現況 」一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会
    http://www.taxi-japan.or.jp/pdf/toukei_chousa/tinginR3.pdf

    *2
    「コロナで業績悪化、タクシー4社が事業廃止を届け出」読売新聞
    https://www.yomiuri.co.jp/economy/20210312-OYT1T50021/

    *3
    「コロナ解雇、運転手と和解 仮処分審尋でタクシー会社/東京地裁」労働政策研究・研修機構
    https://www.jil.go.jp/kokunai/mm/hanrei/20200612.html

    *4
    「雇用守る姿勢貫く 日本城タクシー社長・坂本篤紀さん(56)=大阪市平野区 /大阪」毎日新聞
    https://mainichi.jp/articles/20210623/ddl/k27/070/316000c

    *5
    「従業員の腹の足しに… タイのタクシー会社が始めた『空中菜園』」毎日新聞
    https://mainichi.jp/articles/20210918/k00/00m/040/212000c